添い寝
木々の葉も随分と色づき始めていた。
総司は、屯所の廊下をのんびりと歩きながら変化していく庭を見つめていた。
副長室の前で歩みを止めると、総司はそっと障子を開けた。
しかし、室の住人は留守のようで、総司はあからさまにがっかりとした。
(どこに行ったのかな。せっかくお菓子を持ってきたのに)
じわりと心裡に寂しさが満ちる。
いつもは、我慢できることができない。総司は、そっと苦笑した。
暫く考えていたが、室の中で待つことにした。
すぐに戻るだろうと思ったのだ。
待つと決めたはいいが、どうにも退屈で仕方がない。
土方の文机に置いてあった和紙で鶴などを折ったり、書物を読んでみたりもしたが、それも飽きてしまった。
総司は、ごろりと寝ころぶと、今にもくっつきそうな瞼を擦った。
(・・・土方さん遅いなあ)
暫くごろごろと暴れまわっていたが、それもやがて飽きてきた。
ごろりと仰向けになると土方の羽織が座布団の上にあるのが目についた。
几帳面な土方にしては、珍しい。
総司は、土方の羽織を手に取ると、それに鼻先を擦りつけた。
鼻孔いっぱいによく知った優しい匂いが満ちる。
それが心地よくて愛おしくて、どうにも手放すことができない。
総司は、少しだけと瞼を閉じた。
(少し、だけ)
土方は、障子を開けて面食らった。
しかし、すぐにその表情は、他の隊士には決して見せないような優しいものになる。
(・・・困った坊やだ)
総司が身を丸めて眠っている。無防備なその姿に呆れながらも、総司の手に握られている己の羽織を見つけて、そっと目元を和らげた。
総司の周りには、書物や折り鶴が投げ出されている。折りかけの鶴を一つ手にして、土方は苦笑した。
随分と退屈させてしまったようだ。
土方は、総司の傍らに座ると、頬にかかっていた髪をそっとのけた。
白い頬をそっと撫でると、総司が笑ったような気がした。
その寝顔を存分に拝みたくなって、土方も総司の横に寝転がった。
肘枕をしながら、何年経っても幼さの抜け切らないあどけない寝顔を見つめる。
不意に、胸が詰まる。
土方は、そっと嘆息した。
心裡の奥深く葬り去ったはずの思いは、ほんの些細なことで溢れだしそうになる。
この唇も身体も心にさえ、まだ何一つ触れたことはなかった。
長年、弟のように慈しんできた青年である。
己は、存外臆病者だったのだと知った。
土方は、総司の柔らかい唇に親指の腹でそっと触れた。
(・・・寝込みを襲うなど、全く卑怯だな)
土方は、苦い表情のまま総司の頬に口付けた。
わずかに、唇の端と端が触れる。
胸が詰まる。
この唇を存分に吸えたらどんなに幸せだろうか。
土方は、総司の華奢な背に手を回すと、そっと抱き寄せた。
鼻孔に満ちる甘い香りに溺れるようにゆっくりと瞼を閉じた。
総司は、そっと目を開けた。
息を吸うとよく知った優しい香りと温もりが驚くほど近くにある。
総司は、眠気眼のまま、無意識にその温もりに手を伸ばし、縋り付いた。
暫く、甘えるようにその温もりに身を任せていた総司であったが、やがて己が逞しい腕に抱かれていることに気がつくと、ぱっと身を起こし、頬を赤らめた。
(・・・・なんで)
総司は、眉間に皺を寄せて眠っている土方の端正な顔を見つめながら、激しく狼狽した。
心の臓が早鐘を打っている。
総司は、緩慢な動きで自分の胸を押え、ゆっくりと息を吐くと、もう一度その寝顔をじっと見つめた。
不意に、心裡にふんわりと温かいものが広がっていく。
今、この人をものすごく愛おしいと思っている。
総司は、そっと目を細め、優しく微笑した。
もう一度その腕の中に潜り込んで、逞しい胸にすり寄る。
そうして、次は、私よりも先に起きてくださいね、と切実に願う。
だって、自分からじゃとてもこの腕を振りほどけそうにはないから。
(だから、貴方が)
きっと、お願いしますね。
総司は、そう願ってゆっくりと目を閉じた。
END