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死が二人を別つまで
渇いた咳が静かな廊下に響き渡っていた。歳三はその咳が止むのをじっと待つ。 咳をしている姿など見られたくはないだろうし、歳三自身も見たくはなかった。 あの無垢で元気であった青年のそんな姿を見るのが切なくて仕方がない。 ごほっごほっ、と暫く咳は続き、ようやく落ち着いたようだった。 歳三は鎮まったのを確認すると、また歩みを進め総司の部屋の襖を開けた。 薄暗い室内に陽の光が差し込み、総司の青白顔を照らした。 先程まで咳をしていたせいか、幾分疲れた顔をしていた総司であったが、歳三の顔を見ると健気にも淡い笑みを浮かべた。 総司はいつもそうだ。どんなに苦しくても笑うことができる。 そうして、歳三はその笑みにいつも安堵するのだ。 「せっかく南面の部屋なんだ、閉め切るもんじゃねぇぜ、総司」 「だって、外に出たくなっちゃうんですもの」 拗ねたように総司が言う。総司の餓鬼のような言い草に土方は声を上げて笑った。 昔から少しもじっとしていられないのだ、この坊やは。 「調子はどうだ?」 「見ての通りですよ。皆して私を重病人扱いするんだものなぁ」 「お前が幾らもじっとしてねぇからだ」 「退屈なんですよ」 そう言って総司が庭に目を向ける。 得に花などが植えてあるわけでもなく、簡素な庭だ。 長い睫毛が薄い頬に影を落とす。この青年はいつからこんな表情をするようになったのだろう。 歳三は総司の頬をそっと撫でた。熱があるかと思ったが、思いの外ひんやりとしていた。 総司がぱちりと瞬きを繰り返した。 途端に幼くなる風貌に土方は笑みを浮かべた。 「どうしたんです、土方さん?」 「総司、蓮の花を見に行こうか」 「…蓮、ですか?いいですね、涼しげで」 「そうだろう。ほら、支度しな」 外に出られるのが余程嬉しいと見える。 総司はいそいそと支度を整え、興奮したような眼差しを土方に向けた。 その眩しい表情に土方は目を細め、総司のすっかり痩せてしまった手を取った。 妙に切なかった。いつの間にこんなに儚くなってしまったのだ。 さらさらに乾いた総司の手を握りしめ、ふと昔のことが思い出された。 こうして、昔もよくこの手を引いては色々な所へ行ったものだ。 今よりずっと小さかった手の感触を思い出し、胸が騒いだ。 (そういや、あの頃からずっと総司は特別だったなあ) そんなことを思って、土方は総司の手を引いた。 じわりじわりと湧き出るような愛おしさは何年経っても変わらなかった。 繋いでいた手を不意に強く引かれて、土方は総司を振り返った。 ねだるような総司の視線に土方も視線で促す。 総司の言い出しそうなことなど大体は見当がつくものの敢えて聞く。 「ねぇ土方さん!帰りに葛切りを食べて帰りましょう?ね、いいでしょう?」 「…仕方ねぇ、今日はお前に付き合ってやるさ」 総司の顔がぱっと輝く。 白い頬に赤みがさして、それがどうしようもなく愛おしく感じた。 土方さん大好き、と軽口を叩く総司の唇をさっと掠め奪い取り、目を細めた。 総司が少し困ったような表情をしたが、土方はそれには気づかない振りをした。 土方は不敵な笑みを浮かべると、総司の手を取り、また歩き出した。 この手があるうちは、何度でも引いて歩いていこう。 そんなことを人知れず思っている自分が可笑しい。 それでも特別なのだから仕方がない。 はしゃぐ総司の横顔を見つめて、土方はそっと口元を綻ばせた。 初夏の風が爽やかな日のことである。 END