陽 光
生きていると、どうにもやり切れないことや、苛立つことがある。
先の見えない不安に襲われこともあるだろうし、泣きたくなることもある。
それは、歳三も例外ではなく、人間なのだから仕方がない。
宗次郎という奴は、不思議な奴で歳三のそうしたどんよりした空気を感じとるのか、そういう時は必ず傍に寄ってきた。
あまりのタイミングの良さに歳三は、時々面食らうのだった。
苛々とした時、歳三は極端に無口になる。そんな歳三に近寄る者は、この少年だけだった。
親友である勇でさえ機嫌の悪い歳三には、近寄りたがらない。
しかし、この幼子は、そんなものはどこ吹く風で、ただ歳三の傍に寄ってきては、
だんまりを決めこむ歳三の横にじっと座り、歳三の着物の袖を一心に掴んでいる。
歳三が不機嫌貌を向けると、幼い瞳がふわりと笑む。
不思議ことに、その花が綻ぶような笑みを見ていると歳三のやさぐれた心も自然とほぐれてくる。
ついには、釣られるように眼元を和らげる歳三に宗次郎の瞳は、一層うれしそうに細められた。
そういうことが積み重なっていく。
いつの間にか、歳三の横で宗次郎は、いつも微笑んでいた。
それは、小さかった少年が、美しい青年へと成長しても変わらなかった。
己の最も弱っている時に、傍にいてくる存在を愛おしく思わない者などいるのだろうか。
人は、己の辛い心をいとも簡単に掬い上げてくれる稀有な存在を愛さずにはおれない。
そんなものは、唯一無二だ。
歳三は、そう思う。
だから、宗次郎が歳三にとって特別な存在になることは、至極自然な流れだった。
あれから、随分と月日は経つが、今も変わらず宗次郎は傍にいる。
袖を握る手も昔ほど小さくはないが、優しい手つきは変わってはいない。
歳三がいつものように不機嫌貌を宗次郎に向けた。
宗次郎の真っ黒な瞳が数回瞬いて、微笑した。
「歳三さん、ご機嫌斜めですねぇ」
「・・・うるせぇ」
くすくすと楽しげな笑い声を上げる宗次郎をじろりと睨みつけると、歳三はふんっとそっぽを向いた。
宗次郎は、そんな小童のような態度を取る歳三がおかしいとばかりに、更に楽しげな笑い声を上げる。
そんな宗次郎の笑い声についつい釣られて笑ってしまうことも常のことで、歳三は不機嫌に細めていた切れ長の瞳をふっと和らげた。
その口元は、僅かに緩んでいて、そうなると歳三自身何を怒っていたのかもうわからなくなっているから不思議だ。
「あ、歳三さん笑った!」
「馬鹿、笑ってんのはおめえだ」
「貴方も笑ってると思うけどなあ」
「気のせいだ、坊や。俺は、今、虫の居所が悪いんだ」
態としかめっ面をして不機嫌を装う歳三に、宗次郎は可憐な口元を綻ばせる。
そっと立ち上がった宗次郎の背後で陽光が輝いた。
歳三がその眩しさに目を細めると、宗次郎が陽光の中を駆けていく。
その背が陽光に隠れてしまいそうで、歳三は慌ててその背中を追って、立ち上がった。
強い焦燥感に駆られて、歳三は宗次郎の腕を掴んで、引き寄せる。
驚きに見開かれた宗次郎の真っ黒な瞳を覗きこみ、歳三は漸く息をついた。
「宗次」
「・・・はい?」
「大福を奢ってやる」
「珍しいなあ。どうしたんです?機嫌、悪かったのでしょう?」
「もう、悪くないよ」
歳三は、華奢な宗次郎の手首を掴むと、ずんずんと歩いていく。
瞼の裏に陽光の中に消えていく宗次郎が焼き付いている。
歳三は、逸る心の臓をそっと撫でおろすと、無言でついてくる宗次郎を振り返った。
「お前、どこにも行くな。ずっと俺の傍にいろ」
「・・・どこにも、行きません」
思いの外、神妙な顔つきで頷いた宗次郎を歳三は、思わず抱き寄せる。
細い身体だった。
ぐっと肩口に顔を埋めると、お日様の優しい香りがして、歳三は思わず眉を寄せたのだった。
END